「ホワイト・ボーイ・リック」実話!その後はどうなった?

16歳で麻薬王となったリチャード・ウェルシュ・Jr.の実話を描いたクライム・サスペンス

ホワイト・ボーイ・リック
ホワイト・ボーイ・リック

何となく観れ観た映画なのですが、これがなかなか面白かったです。

「ホワイト・ボーイ・リック」原題:White Boy Rickは2018年のアメリカ映画、1980年代のデトロイトを舞台に、父は銃のディーラー、姉は麻薬中毒という家庭で育った少年リックの人生を描いた作品です。

 

 

父親役はマシュー・マコノヒーで、ダメな父親だけ子供を愛する父親ぶりを見事に演じています。マシュー・マコノヒーの演技だけでも十分に観る価値がある映画です。

父親だけではなく、その子供主人公リックを演じたリッチー・メリットにも注目です。

素晴らしい演技で、マシュー・マコノヒーとリッチー・メリットの二人でこの映画は見ごたえ抜群になってます。

リックの姉ドーンを演じたベル・パウリーは、麻薬中毒者という設定で、まさにそんな顔ってかんじなんでしょうが、どーしてもエクソシストに出てくる悪魔に憑りつかれた顔に見えてしまいました。

そんな感じでキャストには注目!

 

さて見ごたえ抜群のこの映画は、14歳でFBIの情報提供者として活動するようになったリックの人生を描いています。

14歳って凄いですよね。アメリカ史上最年少の情報提供者だそうです。

何故こんな若さで‥?

それは父親の有罪の証拠を持っているFBIが捜査に協力したら父親への告訴を取り下げるという条件で、リックにスパイをやれと命じたのでした。

父親思いの優しいリックは否応なしに引き受ける羽目になるのです。

リックの協力で、FBIは地元のギャング、ジョニー・カリーを逮捕に至るのですが、リックもまた復讐に銃で撃たれてしまいます。

命を取り留めますが、10代の若さで人工肛門を付ける重傷です。

FBIはそんなリックに何も報いることもなく、父親への告訴はしない事を条件にリックを切り捨てました。

生活もあるし、子供もできてしまったリックは、培った知識を使ってコカインの密売を始めたところ、大々的な成功を収めることになりました。麻薬ビジネス界の大物にまでのし上がったリックはまだ16歳でした。

しかし、FBIがリックを逮捕し、流通目的での麻薬所持の容疑で拘留します。終身刑の可能性もある。

リックの元担当者は彼との関係を否定するが、最後の一件で協力すれば刑期を短縮するよう努力すると約束します。

リックは再びFBIに協力し、ジョニー・カリーの妻キャシーに麻薬の大量輸送を手伝わせ、FBI は取引を強制捜査し、関係者全員を逮捕します。しかし一番の大物の逮捕には至りませんでした。

リックは有罪となり、終身刑を宣告されてしまいます。

FBIはやれることはやったと言い、リックを見捨てました。

リックは刑務所の中で過ごすことになります。

 

こんな感じのあらすじの映画なのですが、このストーリーは実話なのです。

「ホワイト・ボーイ・リック」の実話!

リチャード・ウェルシュ・Jr(1969年7月18日生まれ)は、 「ホワイトボーイ・リック」として知られ、アメリカの元麻薬密売人であり、連邦捜査局(FBI)の情報提供者である。

FBI史上最年少の情報提供者として知られるリチャード・ウェルシュ・Jrは、14歳から16歳のときに秘密情報提供者になった。

ホワイト・ボーイ・リック リチャード・ウェルシュ・Jr

ウェルシュと労働者階級の家族は、デトロイトの中心部から約7マイル(11 km)離れた東側の地区に住んでいた。彼らがそこに住んでいたのは、1980年代半ばから1990年代初めにかけてで、その頃デトロイトやその他多くのアメリカの大都市は、主にコカインの流入とクラックコカインの流行の出現により、犯罪と暴力で広く知られるようになっていた。

ウェルシュの父親もFBIの情報提供者で、最初は彼と一緒に警察と連邦機関に通報していたが、その後単独で行動していた。

「ホワイトボーイ・リック」という名前は、ウェルシュ自身が使っていたストリートネームではなく、彼と付き合っていた人たちから呼ばれたこともない。この名前は、彼の事件を取材した記者によって付けられたものである。

ウェルシュが16歳のとき、FBIは、暴力的な麻薬組織への潜入を通じて20件の有罪判決を確保したため、彼を情報提供者として雇うことをやめた。

1987年、17歳のとき、ワーシェは8キログラム(18ポンド)を超えるコカインを所持していたとして逮捕された。

彼はミシガン州の650-Lifer法に基づき終身刑を宣告された。これは1973年に可決された麻薬法で、650グラム(23オンス)を超えるコカインまたはヘロインを所持しているのが見つかった者には仮釈放なしの終身刑が科せられるというものだった。

この法律は覆されたが、彼は1990年代にFBIの囮捜査に協力し、ギル・ヒルを狙って市の有力政治家の親族を誘き寄せたが失敗に終わったにもかかわらず(あるいはそのせいで)、2003年にミシガン州仮釈放委員会から社会の脅威として拒否された。

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